東京高等裁判所 昭和41年(ネ)39号 判決
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〔判決理由〕「日清製油」が昭和三六年五月頃から昭和三七年一一月頃までの間被控訴人と濾過機に関し交渉を継続し来り、その間本件特許発明の実施品たる輸入、国産の濾過機について、それが特許にかかることを知らされ、技師等による技術説明を受け、また見積書、資料等を提供されたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右会社は被控訴人に、設計上の希望条件を加えた、そして本件特許発明の実施品に合致した構造の濾過機についての仕様明細書を提出し、これに基づき被控訴人が昭和三七年一一月一五日付で設計見積書を作成して同会社に交付した経過にあることが認められ、次に<証拠>によれば、右「日清製油」は、その根岸工場の新設(昭和三八年一一月頃完成、現在磯子工場という。)にあたり技術上の革新を期していて、旧来の濾過機にあきたらぬものがあり、本件特許発明にかかる葉状圧力濾過機がその特殊の構造の故に、濾過精製の効率がすぐれ、作業人員も減少できるとされているのに着目し、その調査、研究を進めたのであるが、その結果、輸入品では価格が格段に高いため、先ず国内生産品によつてこの点の支障を除くことを考え――前記のように、被控訴人に対し仕様明細書を提示して、昭和三七年一一月一五日付の設計見積書の作成交付を受け、さらに後記の如く、これに示された一台につき金四八三万五、〇〇〇円の販売価格につき被控訴人に折衝し、四〇万円の値引きの申入れを得たいきさつであるが、――かねて被控訴人との間におけると並行して交渉を持つて来た控訴人から、その取引上の取扱店であつた訴外三貢機械株式会社を通じて、昭和三七年一二月一二日付で見積書を徴した上(この見積書における販売価格は一台につき金二八〇万円であつた。)、控訴人との間に取引を進行させ、右二八〇万円を価格の基準として第一物件三台の注文をし、その納品を受けた経過にあることが認められるのであつて、以上の諸事実を合わせ考えると、「日清製油」としては、その新設の根岸工場には、輸入品における価格上の欠点を除去できる限りにおいて、従来の濾過機にかえ、本件特許発明にかかる構造の濾過機を採択設置する構想を固めていたもので、共に国産品である被控訴人の設計品と控訴人のそれとの間において、価格上後者が前者より低廉であるところから、後者を選択して控訴人に第一物件の製作、納入を注文するに至つた関係にあると見るのが相当であり、従つて控訴人において右第一物件を販売することがなかつたならば、被控訴人においてこれと同数、同規格のその専用実施権の実施品を「日清製油」に販売し得たであろうことが認められる。
控訴人はこの点に関し、右認定に反し、「日清製油」が被控訴人の濾過機を購入しなかつたのは、その性能を検討した結果と、その価格が割高なためであつて、控訴人が第一物件を製作、販売しなくても、右会社は被控訴人からその濾過機を購入すべき関係にはなかつた旨主張する。ところで当審証人Sは主として輸入品たる本件特許権者製作の濾過機について、それが法外に高価格なため右会社として購入に堪えなかつたとか、実地に調査したところ、――いうところの法外に、高価格な割りには――性能が十分満足できるものでなかつたとか述べているが、輸入品を対象とした上、その価額を基本としての右証言部分を以て、直ちに被控訴人の製品についての控訴人の右主張を是認することはできず、また同証人の証言中には、被控訴人からその当初の見積価格一台分四八三万五、〇〇〇円につき四〇万円値引きの申入れがあつたものの、「日清製油」としてはこの種濾過機に一、〇〇〇万円以上(三台分)の金をかけることに疑問を持つていたという趣旨の供述部分があるけれども、その証言の全趣旨にかんがみ、また前記認定の諸般の事実と対比すれば、右証言部分を以てたやすく「日清製油」が被控訴人の製品をその価格の故に全く度外視した旨の控訴人の前記主張を容認することはできない。しかも、被控訴人の本件専用実施権による製品が、控訴人主張のように性能上の弱点をもつものであるならば、前記説示のとおり本質的にこれと構造を同じうする第一物件も、等しく同様の弱点をもつものとなすべく、そしてこのことは、本件口頭弁論の全趣旨によれば、「日清製油」においてつとに了解、知得していたところと見るのほかないのであるが、かくては同会社が前記のようにあえて第一物件を注文、購入したのが納得できないことになるのであつて、この点から考えると、被控訴人の製品がその有する性能上の欠点の故に、右会社の取引について考慮外におかれた旨の控訴人の主張は結局首尾一貫しないことになり、理由の乏しいものと見られ、是認し難いところである。次にまた、被控訴人の製品と第一物件との間にその(見積)価格上差異の存することは前記認定のとおりであるにしても、すでに前記のように第一物件を購入した「日清製油」が、右の程度の価格差のために、被控訴人の製品をその価格の割高なることの故を以て全く考慮外においたもの、従つてもし控訴人の第一物件の製作、販売がなかつたならば、いきおい採択すべき濾過機の構造についての前記の基本的な構想を放棄するに至つたであろうとは――当審証人Sの証言及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、「日清製油」において、その前記のように採用すべく決定した構造の濾過機につき、被控訴人が専用実施権を有していて、国内に他にこれを製作、販売し得べうものがないことを熟知していたことは明らかである。――、前記認定の如き諸般の経過事実に徴してたやすく首肯し難いところであつて、結局すでに認定、説示したように、被控訴人の製品と第一物件とは「日清製油」にとつて単なる択一の関係にあつたものと見るのが相当である。以上要するに、「日清製油」が第一物件と関係なく、被控訴人の製品を取引考慮外においたとする趣旨の控訴人の前記主張は採用できず、その他前記認定を覆すべき主張、立証はない。
そして、<証拠>を合わせると、前記のように「日清製油」から被控訴人に対し仕様明細書が差し出され、被控訴人はこれに基づいてその製品についての設計見積書を作成交付したのであるが、これによれば見積販売価格は、一台につき金四八三万五、〇〇〇円とされていたので、「日清製油」から高価にすぎる旨申し出たところ、被控訴人の担当者から一台につき四〇万円の値引きをする旨の申入れがなされたという経過にあることが認められるのであつて、右事実によれば、被控訴人が「日清製油」にその製品たる濾過機を販売したであろう価格は右の値引きによる一台金四四三万五、〇〇〇円であつたと認めるのが相当であり、従つて被控訴人は右価格から製造原価その他出費を免れたと自ら主張する合計金三八一万三、〇八二円を差し引いた金六二万一、九一八円の三台分金一八六万五、七五四円の利益をあげ得た筈であるというべきである。被控訴人は、この点につき、被控訴人の担当者から値引きの申出があつたとしても、それは申込みの誘引に過ぎないものであつて、被控訴人として値引額による契約の申込みをしたのではないから、被控訴人と「日清製油」との間に成立したであろう売買は右の値引きをしない額によつたものと認むべきであると主張する。しかし右認定の値引きの申入れが申込みの誘引であるかどうか等のせんさくはしばらくおき、右認定によれば、被控訴人が「日清製油」に対して値引価格による販売の意思、用意ある旨を表明したことは動かせない事実というべく、従つて反証なき本件においては両者間に売買が成立したとすれば、右の値引きによる額によつたものと認めるのが相当である(なお加うるに、当審証人Sの証言の趣旨からすれば、「日清製油」は被控訴人の製品についてこの程度の値引きがなされるならば、その前記認定の如き経理上の配慮を加味して考えても、価格上の点から従前の型のものを購入するということなく、このスパークラー式濾過機を購入するに至つたものと見るのが相当である。)したがつて、被控訴人の前記主張は採用できない。
次に<証拠>によれば、控訴人は第一物件を製作、販売する以前から被控訴人の本件専用実施権について知るところがあり、右物件の製作にあたつても右実施権の存在を考慮して設計上にも意を用いていたものであると共に、「日清製油」が控訴人との交渉と相並んで被控訴人とも濾過機の取引について折衝を続けて来ていることを聞知していたものであることが認められるのであつて、これらの事実からすれば、控訴人は右第一物件三台の販売により、被控訴人の本件専用実施権の実施によるその製品の販売が妨げられ、被控訴人に、これによつて取得し得べき前記利益を失わせ、これと同額の損害を蒙らせることを予見し得べきであつたといわざるを得ない。この点に関し、控訴人は、その第一物件の販売によつて得たとする利益額を基準とし、被控訴人主張の利益額は多額に失し、従つて右利益額によつての損害は控訴人の予見し得べきところではなかつた旨主張するが、すでに被控訴人の得べかりし利益額はその主張と異なり前記の如く認定される以上、控訴人の右主張はほとんどその根拠を失つたものというべく、そしてなお、控訴人が第一物件の販売によつて得たと主張する利益額と前記認定の被控訴人の得べかりし利益額との間にも一台につき数万円の差があるのは事実であるが、この種物件の性質上この程度の差があつてももとより予見できないものとはいえず、控訴人の右主張は採用できない。
従つて、控訴人は、少なくともその過失により、第一物件三台を販売して、被控訴人の本件専用実施権を侵害し、その得べかりし前記認定の利益を失わせたものであり、これにより生じた損害を賠償すべき義務があるものというべきであるから、被控訴人の控訴人に対する本件損害賠償の請求のうち金一八六万五、七五四円及びこれに対する不法行為の後である昭和三九年一〇月一三日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。<中略>
次ぎに控訴人の民事訴訟法第一九八条第二項所定の申立てについて判断するに、被控訴人が、控訴人主張の日、その主張の如く、執行吏を伴い、有体動産の差押えに赴き、これに対し控訴人がその主張のとおりの金員を支払つたことは、被控訴人の認めるところであり、そして右の争いのない事実によれば、控訴人の右支払いは強制執行の故にやむを得ずなされたもの、すなわち仮執行宣言に基づき給付されたものと見るべく、従つて原判決を前記の如く変更すべきである以上、控訴人の右給付金中前記金一八六万五、七五四円及びこれに対する昭和三九年一〇月一三日から昭和四〇年一二月二七日までの年五分の割合による損害金一一万二、七一二円の合計金一九七万八、四六六円を除いた金一二七万四、二九二円は控訴人に返還せらるべく、これに対する右給付の翌日たる昭和四〇年一二月二九日以降右返還ずみに至るまで年五分の割合による金員は仮執行による損害として控訴人に賠償さるべきであり、控訴人の申立てのうち右の限度において金員支払いを求める部分は認容すべきであるが、その余は失当であつて棄却を免れない。(多田貞治 古原勇雄 田倉 整)